病院や診療所、クリニックなどの医療施設の耐震診断を「そのうち」と先送りにしていませんか。 厚生労働省が2022年9月1日時点で実施した全国8,085病院の調査では、「全ての建物に耐震性がある」病院は79.5%にとどまり、残り20.5%は十分な耐震性能を満たさない建物を含むか、耐震性が不明とされています。
本記事では、病院・医療施設の耐震診断がなぜ必要なのか、耐震リスクを整理し、診療を止めずに進めていく流れを、医療BCP(事業継続)の視点も交えて解説します。
病院の耐震診断がニュースになる理由|耐震化率8割と“残り2割”のリスク
病院の耐震化・耐震改修は、一般のビルや商業施設以上に社会的な関心を集めています。「病院の耐震化はいまだ8割台」「都市圏で耐震化の遅れが目立つ」といったニュースが取り上げられ、医療施設の安全性があらためて問われています。数字だけを見ると耐震化が進んでいるようにも見えますが、「5施設に1施設は、十分な耐震性能を満たさない建物を含むか、耐震性が不明な状態である」と読み取ることもできます。
統計に現れる未耐震・耐震性不明の病院の実態
2022年の厚生労働省の調査では、全国の病院8,085施設のうち、
- 全ての建物に耐震性がある:79.5%
- 一部の建物にのみ耐震性がある:7.1%
- 全ての建物に耐震性がない:1.4%
- 建物の耐震性が不明(耐震診断未実施など):12.0%
という結果でした。つまり、20.5%の病院では「耐震性がない建物を含む」または「耐震性が不明な建物がある」状態です。
さらに、地震時の医療拠点となる災害拠点病院・救命救急センター778病院のうち、全ての建物に耐震性があるのは95.4%で、4.5%は「全ての建物が耐震化されているわけではない」病院です。表向きの耐震化率が高くても、医療インフラの一部には依然としてリスクが残っていることが分かります。
医療インフラとしての役割と、ビルとは異なるリスク
病院は、オフィスビルやテナントビルとは役割が異なります。
- 多数の入院患者がおり、避難や転院に大きな負担がかかる
- 手術、透析、集中治療など、途中で中断できない医療行為が多い
- 災害拠点病院や救命救急センターとして、被災後も地域の生命線として機能し続ける必要がある
このため、病院や医療施設の耐震診断では、「建物が倒壊しないかどうか」という構造上の基準だけでは不十分です。天井や設備・医療機器といった非構造部材の損傷による機能停止リスク、電気・水・医療ガスなどライフライン断絶のリスクも含め、「地震後もどこまで診療を継続できるか(機能継続・医療BCP)」をあわせて考える必要があります。
病院・医療施設の耐震リスクを把握する|建物と医療機能の確認事項
ここからは、専門家に正式な耐震診断を依頼する前に、病院や診療所、クリニックなどの医療施設でできる確認しておきたいポイントを整理します。建物側の情報と、病院内の医療機能の両方をまとめることで、耐震診断や病院の耐震化・耐震改修の優先度が検討しやすくなります。
建築年・構造・棟構成からみる建物側の耐震リスクの確認
まずは、次のような建物情報を整理してみましょう。
- 建築年:1981年(昭和56年)以前に建てられた「旧耐震基準」か、改正後の「新耐震基準」か
- 構造種別:RC造(鉄筋コンクリート造)、S造(鉄骨造)、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)など
- 棟構成:本館、病棟、外来棟、手術棟、管理棟など、複数棟に分かれているか
建築確認済証や検査済証、建築台帳記載事項証明書、既存の耐震診断報告書があれば、それぞれの棟が「旧耐震基準かどうか」「耐震改修済みかどうか」を一覧にしておくとよいでしょう。
また、「耐震改修促進法」により、一定規模以上の病院や医療施設は、要緊急安全確認大規模建築物や、耐震診断の実施が義務付けられている建築物に該当する場合があります。規模(階数・延床面積)や用途(不特定多数の利用があるか)もあわせて確認しておくと、行政との相談時にもスムーズになります。
ICU・手術室・救急・ライフラインなど医療機能からみる優先度の整理
次に、「どの建物に、どんな医療機能が載っているのか」を見える化します。
- ICU・HCU・NICUなどの集中治療部門
- 手術室、カテーテル室、透析室
- 救急外来やトリアージエリア
- 非常用発電機、受変電設備、医療ガス設備、サーバ室などライフライン中枢
などをリストアップし、それぞれがどの棟・どの階にあるのかを整理します。
ここで重要なのは、「止めたくない機能」がどこに集約されているかという視点です。構造的なリスクが高い建物に、ICUや手術室、ライフラインの中枢が集中している場合、病院全体としての医療BCP上のリスクは大きくなります。建物の情報と医療機能の情報を重ね合わせることで、「どこから耐震診断・耐震化に取り組むべきか」の優先順位が検討しやすくなります。
診療を止めない病院の耐震診断の流れ|構造体と非構造部材のポイント
「耐震診断の必要性は理解しているが、入院・外来を維持しながら本当にできるのか」という不安は多くの医療施設に共通した課題です。実際には、診療を極力止めない前提で、段階的に病院の耐震診断を進めるケースが一般的です。この章では、診断前の準備と、構造体・非構造部材を含めた診断のポイントを整理します。
診断前に準備する資料と、院内で共有しておきたいこと
病院や医療施設の耐震診断をスムーズに進めるには、事前に情報を整理することが大切です。
- 建築確認済証・検査済証、建築台帳記載事項証明書
- 構造図・意匠図・設備図などの図面一式
- 過去に実施した耐震診断報告書や改修履歴
といった資料をそろえると同時に、院内で次のような情報も整理しておきます。
- 病棟・外来ごとの稼働状況(ピーク時間帯、立ち入りが難しい時間帯)
- ICU・手術室・無菌病室など、立ち入りや作業に特別な配慮が必要なエリア
- 感染対策上のルール(スタッフの動線制限、防護具の着脱など)
これらを構造事務所や耐震診断の専門家と共有し、「どの棟をどの順番で診断するか」「調査はいつ・どこまで立ち入り可能か」をすり合わせておくことで、診療への影響を最小限に抑えながら病院の耐震診断を進めることができます。
構造体だけでなく天井・設備・医療機器まで含めた診断の流れと配慮点
病院の耐震診断では、柱・梁・耐震壁などの構造体の安全性評価に加え、非構造部材のリスク評価が大きなポイントになります。
- 吊り天井や照明器具、軽量間仕切り壁の固定状況
- 空調ダクト・配管・スプリンクラー設備の支持方法
- MRI・CT・透析装置など大型医療機器のアンカー固定状況
過去の大地震では、建物本体は倒壊していなくても、天井落下や設備損傷によって病院機能が停止した事例が多く報告されています。耐震診断のプロセスでは、現地調査に加えて設計図書の確認やIs値(構造耐震指標)等による評価を行い、「構造体」と「非構造部材」の両面から地震時の安全性と機能継続性を確認していきます。
その際、騒音・振動・粉じんが発生する調査は、夜間や休日に実施する、ICUや手術室の周辺は非破壊調査を基本とするなど、医療安全との両立を図る計画が不可欠です。
診断結果をどう活かすか|耐震化と医療BCP・中長期施設計画をつなげる
最後に、病院や医療施設が得られた診断結果をどのように活用するかを整理します。耐震診断報告書は、安全か危険か、白黒をつけるためだけのものではなく、医療BCPや中長期の施設計画と結びつけて考えるべき資料です。
診断結果から考える耐震化の優先度
耐震診断では、Is値(構造耐震指標)などの指標を用いて構造性能が評価され、Is値0.6未満の建物は「大規模な地震(震度6強程度)の揺れによって倒壊・崩壊の危険性がある」と評価されます。こうした建物は、早期の対策を検討することが望ましいとされています。
複数棟を構える病院・医療施設の場合、
- 病棟、手術棟、救急棟、ライフライン中枢が入る棟
- 事務棟や倉庫など、比較的代替が効きやすい棟
を分けて考えることで、「どの棟から耐震化・耐震改修を進めるか」という優先順位が明確になります。診断結果は「全て一度に直さなければならない」という意味ではなく、段階的にリスクを下げていくための地図として活用するイメージが重要です。
医療BCP・再編計画と一体で進める耐震化と、相談すべきパートナーの選び方
耐震診断の次のステップとしては、
- 医療機関としての重要な機能をどの建物に集約するか
- 老朽化した棟を耐震改修するのか、建て替えやコンバージョンを検討するのか
- 災害拠点病院として、どのレベルの機能継続をめざすのか
といった、医療BCPと中長期の施設戦略をあわせて検討することが重要です。そのため、耐震診断・補強設計を依頼する設計事務所や建設会社などの業者を選ぶ際には、
- 病院・医療施設の耐震診断・耐震補強の実績があるか
- 構造体だけでなく非構造部材や医療機能まで含めて提案できるか
- 耐震診断・耐震補強設計・耐震工事・不動産再生まで、一貫した支援が可能か
といった点を確認することが大切です。
さくら構造の「リボビル」では、病院や診療所、クリニックなどの医療施設の耐震診断から補強設計、耐震改修、さらには不動産再生まで、ワンストップでサポートしています。
診療を止めない進め方や、医療BCP・施設再編計画を見据えた耐震化の方向性についても、中立的な立場からご提案が可能です。
病院や医療施設の耐震診断を検討しているものの、どこから手を付ければよいか悩んでいる場合は、まずはお気軽にご相談ください。

